大判例

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東京高等裁判所 昭和27年(う)3121号 判決

被告人 内田慈顕

〔抄 録〕

検察官の控訴趣意並びに、弁護人のこれに対する答弁は、いずれも、末尾に添附した各別紙記録のとおりである。

よつて、記録を調査するに、本件公訴事実の要旨は、「被告人は昭和二十六年十一月四日午後二時頃千葉県東葛飾郡行徳町本行徳三三六番地妙頂寺墓地畔において赤井瑞厳管理にかかる樹木の枝を剪除損壊したものである」ということになつているところ、原判決は、本件の起訴は、赤井瑞厳の告訴に基くものであるのに、該告訴は、告訴権の濫用であつて、無効であるから、本件公訴は刑事訴訟法第三百三十八条第四号に則り、棄却すべきものであるとして、公訴棄却の言渡をしたものであることは、検察官所論のとおりである。而して、所論は、右の告訴は、権利の濫用ではなく、適法且つ有効であるから、本件公訴も亦適法であつて、原判決は、不法に公訴を棄却したものである旨主張するにより、案ずるに、告訴とは、犯罪の被害者その他一定の者から、捜査機関に対して犯罪事実を申告して、その訴追を求める意思表示であり、刑事訴訟法第二百三十条ないし第二百三十三条によれば、犯罪によつて害を被つた者その他右法条所定の者は、告訴をすることができる権利を認められているのであつて、このような訴訟上の権利は、誠実にこれを行使すべく、濫用してはならないことは、刑事訴訟規則第一条第二項に明定するところであるが、それでは、いかなる場合に、右告訴をすることのできる権利即ち告訴権の濫用があつたものとすべきであろうか。

一般的に、権利の濫用とは、形式上の権利の行使たる外形を具えるが、その権利の本来の使命を逸脱するために、実質的に権利の行使と見られず違法とされる行為を指称するものであつて、いかなる場合に権利の濫用となるかは各場合について判断すべきものであるから、訴訟上の権利である告訴権においても、やはり、形式上の告訴権の行使たる外形を具えるが、捜査機関に対し、犯罪事実を申告してその訴追を求めるという告訴権本来の使命を逸脱してなされたものであるため実質的に告訴権の行使と見られず違法とされる行為を指称するものと解するのが相当であつて、いかなる場合に、告訴権の濫用があつたものとすべきかについては、結局は、法律が被害者その他に告訴権を認めた立法の精神(それは、ひつきよう、基本的人権の保障と公共の福祉の維持であると解する)に照らし、各場合における具体的な諸事情を検討して、これを決するの外はないものといわなければならない。そこで、本件についてこれをみるに、前記赤井瑞厳なる者から、葛南警察署長中村群司に対し、昭和二十六年十一月六日附告訴状と題する書面を以て本件被告人を被告訴人とする告訴が提起されたこと及び該告訴が、法令上の要件を具備し、形式的に一応適法な告訴と認めえられること並びに右告訴状記載の告訴事実のうち、本件で起訴された公訴事実については、一応これを証明すべき形式証拠が存することは、いずれも記録上これを認めえられるところであつて、更に一件記録を精査しこれに現われた右告訴事実自体の内容、該告訴をするに至った動機、原因、いきさつの大要、告訴人及び被告訴人の各年齢、性格、経歴、職業、資産状態、社会的地位等諸般の事情を前条の立法精神に照らして検討考察するときは、たとえ、その被害額が多くなく、且つ、国家の検察機関が多忙を極めていることが、原判決のいうとおりであつたとしても、本件の告訴が、告訴権本来の使命を逸脱してなされたものであるため、実質的に告訴権の行使と見られず違法とされる場合にあたるものとは、到底認められないところであつて、これを適法且つ有効な告訴と見ることが妥当であると考えられる。而して検察官のした本件公訴提起の手続が、法令上の要件を具備し、適法であると認めえられることは、記録上明らかであるから、原裁判所においては、よろしく、本件公訴を受理した上、その公訴事実について審判をすべきであつたものといわなければならない。然るに、原判決は、前示のように告訴人の告訴が無効であるとし且つ、これを前提として本件公訴提起の手続がその規定に違反したため無効である場合にあたるから、右は、刑事訴訟法第三百七十八条第二号所定の不法に公訴を棄却した場合にあたるものというべく、従つて、原判決は、この点において到底破棄を免れない。検察官の論旨は理由がある。

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